サブスクリプションを成功させる価格設定とは

この年末年始は、例年に比べると圧倒的にNetflixやPrimeVideoを見て過ごした感がある。この数年、健全なメンタルを保つために見るに値しないと判断したテレビ番組からはなるべく遠ざかるようにしている。最新のニュースは、スマホにプッシュされるようにしているで、それほど困ることも無かろうと考えている。必要な情報は、自分から取りに行けばいいのだから。

こうした背景もあるのか、ステイホームで仕事が回るようになった人が増えたのもあるのか、Netflixは優良なコンテンツを増やしている。ネットでも『イカゲーム』、『浅草キッド』などは、かなり話題になった。妻が食事中に見るバラエティ番組で『イカゲーム』の扮装が出てきたときに「あれは、何なの?」と聞かれるくらいだ。「流血シーンが多いので見ないほうがいい」とだけは伝えたので見る機会は無いと思うが。

PrimeVideoのほうもAmazonPrimeのおまけみたいな感覚なので見る機会はほぼ無かったが、この1年でオリジナルコンテンツが充実し始めてきたようだ。課金して動画を楽しむなら、この2つだけで充分ではなかろうか。

『鬼滅の刃』のような人気コンテンツでさえ、テレビ放送後にNetflixやPrimeVideoに配信をしているので録画して視聴する必要もない。録画視聴という習慣も減っているのではないかと調べてみるとわずかに減少しているようだ。巣ごもり需要、オリンピック効果などがあっても、どうやら出荷数にはあまり大きな影響はしていないようだ。

国内のレコーダー市場は年間200万台前後で推移しており、市場自体は大きく伸びていないものの、一度レコーダーを使った人は継続して使うケースが多く需要は底堅い。

引用:電波新聞2021.07.02

サブスクは歴史のあるビジネスモデル

サブスクとは、新語でも何でもなくサブスクリプションの略語で英語で「定期購読」という意味だ。定期的に支払っている新聞や雑誌、NHKの受信料など、実は昔から馴染みが深い課金の方法なのである。NHKの受信料に関しては、テレビを処分しない限り支払い義務が生じるのが納得いかないが、仕方あるまい。

それはさておき、サブスクビジネスの本質について進めていこう。サブスクについては、動画配信や音楽配信、電子書籍、アプリ、ソフトウェアなど、一度は使ったことがある人も多いはず。最近では、飲食、自動車、ファッション、化粧品、旅行業などにも適用範囲が広がっていて、何だかサブスクバブルのような状況である。

僕は、ませた小学生だったので小学6年生の時にはリーダーズ・ダイジェストの日本語版を定期購読していた。年間購読のダイレクトマーケティングにまんまとはまって年間購読を申し込んでいた。僕の親は、政治や社会問題の記事に興味があるのだろうと購読を許してくれたが、年間購読で貰える万年筆が目的だった。

定期購読とは、半年、1年といった一定期間の購買契約を結び、こうしたインセンティブをもらうのが元々の仕組みなのである。新聞などは、半年契約すればビール券や野球の観戦チケットが貰えるので半年ごとに朝日、読売、毎日とローテーションするのが一番得な方法である。以前、クレジットカードで払っていたことがあったが、トイレットペーパーを1ロールすら持ってこないので現金払いに変更したことがある。新聞勧誘がうるさいのと他紙に代わると読みにくいのが難点だが、許容出来るならやったほうが得である。

新聞の新規獲得コストは、新聞拡張員の成果報酬に商品券代などを含めると1件当たり、5,000円から1万円程度かかるので、販売店は1年以上契約してもらわないと元が取れないはず。新聞や雑誌のサブスクは、年間契約の10%から20%の新規獲得コストを含んでいると考えたほうが良いだろう。

この新規獲得コストの中から、万年筆やら商品券などが契約者に渡されるのである。

これを知らないとサブスクは失敗する

僕のような営業コンサルタントをしていると顧客からサブスクの新規サービスを立ち上げたいという依頼が多い。多くの場合は、商品やサービスのコンセプトが決まっていて、新規顧客の開拓から価格設定といった事業立ち上げのフェーズになる。

ここで問題になるのが価格設定である。

単品で成立する商品は、顧客が受け取れるインセンティブを5%から10%にする

新聞や雑誌のように単品としての商品価格があるようなものをサブスクリプションとして提供するのであれば、顧客が受け取れるボーナス特典は最大でも10%くらいに設定するべきである。新聞であれば月額4,400円、1年で4,400円×12ヵ月=52,800円。新聞社がもうかっている時代であれば、半年契約で2,000円程度のの商品券やチケットなど配っても元が取れていたはずである。雑誌などの定期購読を提供しているFujisan.co.jpでは、年間契約で5%から10%引きくらいのものが多い。

このあたりを考慮すれば、飲食のサブスクであれば最大でも10%程度しか安くできないはずである。にも拘わらず、飲食店のサブスクが破綻し炎上しているのは、インセンティブが大きすぎるからということになる。

某焼き肉店の「1カ月食べ放題PASS」や某ポケットWifi「通信量無制限プラン」があっという間にサービス提供が中止に追い込まれている。『〇〇放題』というサービスが出ると必ず限度を知らない人間が出てくると考えたほうが良い。

スポーツジムの通い放題が成立しているのは、毎日通われてもシャワーで使われる水道料金くらいしかコストがかからないからだ。それよりも、運動が好きではない利用頻度の少ない人がお金を払っているので成立しているのだ。

単品で成立する商品のインセンティブ設定は、最大でも10%程度。限度を知らない人が来ても成立するように商品設計をする。

『〇〇放題』で提供する商品の値付けは48で割る

サブスクが最もうまくいっているのは、アドビだと言われている。僕がアドビにいたころは、まだライセンス販売が全盛の頃だ。2007年当時のAdobe Design Premiumは、29万8000円と個人で買うには高い買い物だった。これは、企業も同じで、おいそれと最新バージョンを買うわけにもいかないので古いバージョンを使い続け、バージョンによる互換性がばらつき生産性が落ちる原因にもなっていた。営業の役割のひとつが、最新バージョンの利用促進でもあった。

2011年、サブスクリプション型のCreative Cloudを発表し、売り切り型のライセンスビジネスを終わらせることで売り上げが1兆円突破した。アドビの全パッケージ製品が定額で使えるサブスク化には、社内でも多くの人が反対したらしい。売り切り型のライセンスであれば、18カ月ごとにリリースされる最新版の売上げが無くなるからだ。使用者からすれば、最新版を常に使い続ける必要はない。出来れば、過去3バージョンまでのアップグレード権がある限りは使い続けたい。このあたりの顧客ニーズを汲んでサブスクリプションの価格設定を行ったのではないだろうか。この時のサブスクリプションの価格の根拠は、パッケージ版を4年間使ったときの1ヶ月あたりの金額だろう。前述のAdobe Design Premiumは、約30万なので48で割れば、6,250円である。概ね、現在のサブスクリプションの価格に近い。

もちろん、4年という根拠はある。1990年代後半にCADソフトの販売に従事していた時にライセンスビジネスでのサブスクリプション案が出始めていたのである。半導体業界では、製品の世代が変わるたびに設備投資の波が起きている。シリコンサイクルというやつだ。これは、CAD業界にとっては厄介な問題だ。売上げを安定させたいCADベンダーは、一定の金額で企業と契約しCADツールを『使い放題』にする法人を対象としたサブスクリプションの元となる契約を考えていた。当時の提案は、4年間に想定されるCAD設計ツールの投資額を4で割ったものを年間契約金額としていた。設計の上流工程で使うツールと下流工程で使うツールは、繁忙期が異なる。利用者の増減にかかわらず4年間の契約をすることで、契約期間内は使い放題にした。これが、ライセンスビジネスにおけるサブスクリプションの原型ではないかと考えている。

『〇〇放題』で提供する商品のインセンティブ設定は、一切の機能制限を付けずに7日から30日程度の無料期間を付けること。無料利用期間は、サービスの内容次第で設定する。

適性価格を他のサービスで検証してみる

車のサブスクリプション

車両代金、車検、保険料、メンテナンス費用が込みでずっと定額というのが、車のサブスクになる。車が売れなくなってきたので、メーカーもあの手この手を考えているようだが、昔からある残価設定ローンに保険や車検などの維持費を加えただけのようも見え、あまりお得感を感じない。新車購入と比較すると10%程度、5年間の総額が安いというインセンティブがあるが果たして利用が進むのだろうか。

個人的には、シトロエンのAmiのように月額2,400円でレンタルする出来るような専用車両を作ったほうが需要があると思っている。

2年間の長期レンタルなら、最初に税込み3544ユーロ(約43万円)を支払えば、その後の48ヶ月は月々19.99ユーロ(約2400円)を支払うだけで、自宅のガレージに置いておけます。

引用:シトロエンが超小型2人乗りEV「Ami」を発表

音楽ストリーミングサービス

サブスクでもっともメジャーなサービスのひとつが、音楽ストリーミングサービスである。リモートワーク中に好きなアーティストの曲を流しっぱなしにしていた人も多いはず。

面白いことにAmazon Music Unlimited、Apple Music、Spotify、LINE MUSICの主要4社の月額は980円と横並びになっている。年間ならほぼ12,000円だ。音楽のサブスクが伸びているのは、この価格設定がベストなんだろう。

音楽サブスクは、単月でも契約が出来、かつ、聞き放題である。この聞き放題の価格は、それまでに無いサービスなので設定が難しい。僕が、この記事を書いている時点では、ひとりが年間に音楽を聴くためにいくら使っているのかを横断的に調べたデータが見つからない。2021年2月に公開された『家計調査(家計収支編)調査結果』によれば、音楽メディアの購入額は、年間に約7,000円だ。これにCDのレンタルなどの費用を加えると年間に1万円くらいは少なくても使っているのではあるまいか。

2004年がピーク。世帯あたり年間6780円を音楽や映像ソフトに費やしていた。

引用:Gabagenews

サブスク単体で収益化出来ないと成り立たない

マーケティング・セールスの世界には、アップセルという考え方がある。フロントエンドとなる商品に対して追加の商品をオファーして販売するのがアップセルだ。このときに重要なのことがある。

1.フロント商品だけで収益化する

フロント商品であるサブスクリプションだけで十分にサービスが成立し収益化出来ること。フロント商品のサブスクが赤字でバックエンドで黒字を出すというのはかなり難しい。サブスクリプションをスーパーマーケットでやる玉子の安売りにしてはいけない。毎日、玉子が安かったら赤字を垂れ流すだけだ。たまに特売をするから、他の商品もついでに買っていくという効果があるのだ。

2.バックエンド商品は上位版を作る

そして、バックエンド商品は、フロントエンド商品の上位版であるのが鉄則。単一のサブスクからフルセットのサブスクのようにアップグレードをするのだ。玉子を買いに来た客に調理器具を売るようなことはしてはいけない。

サブスクの商品設計はなかなか難しい。一緒に頑張りましょう。